何故すぐキレる「暴走老人」が増殖するのか?その理由が分かった!!
彼らの心の中にある”孤独”を分かってあげられるか?
[2019年8月 加筆修正 最新版]
はじめに
最近、些細なことにキレる人が目立つようになりました。
駅や街中で、そしてネット上で、相手に難癖をつけ、怒り出す大人たちが増えてきました。
その中でも特に、テレビや雑誌あるいはネット上で話題になっているのが、すぐにキレるシニア世代、高齢者の人たちです。
駅や病院、コンビニなどの公共の場で非常に高圧的な態度を取ったり、あまりにも自己中心的な権利主張をしたりするのは、若者よりむしろ高齢者のほうです。
豊富な知識と人生経験を持ち、みんなから敬われる存在だった高齢者なのですが、最近では突然怒り出し、暴力を振るい、理不尽な要求をするような迷惑な高齢者が増えてきました。
このような高齢者のことを、誰が名付けたか「暴走老人」というのだそうです。
では、このような粗暴な高齢者が増えてきた原因は一体何なのでしょうか?
そして暴走老人にならないためにはどのようにしたらいいのでしょうか ?
深く探ってゆくと意外な理由が見えてきました。
それは高齢者の深刻な「孤独感」、そして満たされない「承認欲求」でした。
はたしてあなたに高齢者たちの「孤独」の源泉が分かっていただけるでしょうか?
今回のブログでは、このキレる暴走老人たちの実態と原因そして対策について述べていきたいと思います。
目次
横暴すぎる高齢者の呆れた実態
いい年をした男たちの粗暴化が止まらない!!
世界中に「怒り」が蔓延している中で、特に最近、日本で話題になっているのが、すぐにキレる高齢者の問題です。
駅や病院などの公共の場での暴力、暴言、犯罪行為などが取り沙汰され、高齢者に対する若い世代からの反感の声も強まっています。
かつては「怒れる若者」に対し、「分別を示す」のが高齢男性の役割だったはずなのに、今は何が起こっているのでしょうか?
日本の高齢者は、なぜこうも不機嫌で暴力的になってしまったのか、その原因は何なのか探ってみたいと思います。
キレる高齢者が増殖している!!
気が付くと確かに、身の周りでも頑迷で不機嫌なシニア世代の人を見かけることが多くなりました。 駅で若い駅員を怒鳴りつけたり、コンビニの店員にイチャモンをつけたり、人の言うことを聞かずに自分の主張ばかりを声高に叫んだり、そんなイメージばかりが増幅して、キレる高齢者はすっかり世間の悪者になっています。
「ふざけるな !」 首都圏のある私鉄の駅で駅員の Aさんは激昂した中高年の男性
乗客からいきなり顔面に平手打ちを受けました。
最終電車に乗り遅れた男性客に「申し訳ありませんが、もう電車はありません」と頭を下げた瞬間の出来事でした。
非は完全にこの乗客側にあるはずですが、この男性は乗り遅れた怒りを理不尽にも、何の落ち度もない駅員にぶつけたのでした。
駅で駅員や他の乗客に対し、暴力に至ることはないにしても、激しく詰め寄ったり、暴言を吐いたりする迷惑行為は後を絶ちません。
最近社会問題化しているカスタマーハラスメントそのものの事例でもあります。
近年の特徴として、一見普通の中高年男性が突然キレるというケースが目立つと
いうことです。
私鉄や JR などがまとめた調査によると、駅員などへの暴力行為の件数は最近特に増加傾向にあり、加害者は40代から60代の中高年男性、いわゆるシニア世代が半分以上を占めているようです。
また平成28年度版の『犯罪白書』を見ると、犯罪全体の件数は減少傾向にありますが、なんと65歳以上の高齢者の犯罪は一貫して増え続けているのです。
高齢者の犯罪検挙者数は約48,000人で、20年前に比べると3.8倍になっています。中でも大きく増えているのは「傷害・暴行犯」で、こちらは20年前に比べると実に20倍に増えているのです。
このような、突然キレて暴力や暴言を吐くシニア男性・高齢者のことを世間では
半ば軽蔑の気持ちを込めて「暴走老人」と呼ぶようになりました。
ではいったい高齢者がキレやすくなったのは一体どんな原因によるものなのでしょうか?
高齢者は本当にキレやすいのか?
確かに怒りっぽくキレやすい高齢者が増えています。
老年精神医学の専門家によると、この現象は加齢による人間の感情の変化と考えると、ごく自然なことなのだそうです。
高齢になると、脳の中でもまず先に前頭葉といわれる部分の機能が低下することが多いといわれています。 前頭葉が萎縮していくと判断力が低下し、感情の抑制が効かなくなって、性格の先鋭化といった傾向が強く出てくるそうです。
年を取ると涙もろくなるといいますが、これは感情抑制機能が低下していることの表れであり、性格の先鋭化というのは、それまである程度理性で抑えることができていた、その人が本来持っている性格の特徴が大きく前面に出てくるということなのです。
従って、元々怒りっぽい性格だった人は、高齢になってからその人の本来の性格が顕著に表れてきたといえるのだそうです。
しかし、驚くことに欧米では、「年を取ると、より性格が穏やかになり、優しくなる」というのが定説のようです。
「人間は年を取るほど優しくなり、神経質ではなくなり、感情をコントロールしやすくなり、同時に誠実さと協調性が増して責任感が高まり、敵対的ではなくなる」のだそうです。
これはまさに日本の高齢者に対する評価とは真逆なものになっています。
ということは、高齢者がキレやすいのは日本人だけの特徴なのでしょうか?
高齢者は本当にキレやすいのでしょうか?
疑問が提起されましたので、 真相を探っていきたいと思います。
なぜ高齢者はキレやすくなったのか?
ある心理学者の話によると、シニア世代の男性のストレスが増加していることが
背景にあると言います。
「職場で荷物扱いされ、家庭では軽んじられて居場所がないシニア世代男性が増えており、彼らは自信がないため、他人の視線が気になって被害者意識が強まったり、ちょっとしたことでも自分が馬鹿にされたと思い、激昂する」のだそうです。
そんなとき、唯一自分が尊重されるのが「お客」という立場なのですが、その最後の拠り所である「客」の立場を軽く見られると、怒りが爆発して衝動を抑えられなくなるのだといわれているのです。
地縁や血縁が薄くなった昨今、昔に比べて親戚や他人と話をする機会が減りました。 高齢者の対話能力 = コミュニケーション能力も低下しており、不満があってもなかなか口にできません。
そのストレスが限界点を超えた時に、シニア世代の人たちはキレてしまうのではないかという説もあるのです。
怒りを生む土壌と巨大なネガティブ感情
そもそも日本人が怒りっぽくなったのは、怒りに対する耐性がもろくなってしまったせいなのかと思いきや、欧米でもすぐに怒る人は増えているという現実があります。
全世界的に、まるで「怒り」が感情の基本線になっているかのようです。
なぜ人はこんなに怒りっぽくなってしまったのでしょうか?
なぜすぐキレるようになってしまったのでしょうか?
怒りを生む土壌には、例えば、「心配」「不安」「いらだち」「寂しさ」「悲しさ」「恐怖」「恥ずかしさ」「疲れ」「痛さ」といった基本的な感情が土台にあり、それが何かのきっかけで『怒り』として爆発して出てくるのだと言われています。
つまり、氷山に例えてみると、氷山の海面上に出てくる感情が「怒り」であり、その巨大な氷山の海面下には何らかのネガティブな感情が巨大な土壌として眠っているわけです。
そもそも「怒り」とは人類の生存に欠かせない感情であり、人々は「怒り」とともに進化してきたわけですが、 現在では、つまらない、些細なことにすぐに目くじらを立て、憤激するようになってしまいました。
医食住が満たされた現代においては、何か人と比べてちょっとでも足りないところがあると、そこにストレスを感じてしまい、怒りの感情を噴出させるようになってしまったのではないでしょうか。
現代の生活が「怒り」の感情を招くストレス要因に満ちているということも関係しているのでしょう。
ストレス要因とは、例えば、格差の拡大、地球環境の悪化、残業、リストラ、パワハラ、家庭問題、将来の不安など、数え挙げたらきりがないほどいっぱいあります。
そこに輪をかけるのがまるで「怒りの集積装置」であるかのようなインターネットです。 Facebook や Twitter などの SNS での書き込みを見ていますと、お互いが相手を侮辱し、愚弄し、攻撃して、まるで「怒りの感情戦争」をしているかのようなやり取りが続いています。
絶対に相手を許さないというような、ものすごく不寛容な時代になってしまいました。
日本では年を取るほど不幸だと感じる人が多い !? …
人は年を取るほど幸せを感じる人が増える… これは欧米などでは常識的な傾向となっています。
このような傾向について、イギリスの経済誌『エコノミスト』は、「年を取るほど争いごとが少なくなり、争いごとに対するより良い解決法を見出すことができるようになる。 うまく感情をコントロールすることができて、怒りっぽくなくなる。死が近づくと最期を気にしなくて良くなり、今を生きることが上手になる。」と、
分析しています。
一方、日本では年を取るほど幸福度が下がり、不幸だと感じる人が多いということになっているようです。 なぜ日本では欧米のように「年を取るほど幸せを感じる」というような人が少ないのでしょうか?
暴走老人たちの「怒り」の 原因 が分かった !! ?
これに対する高齢者の意見も紹介しています。
「暇すぎて困る」「何をしていいかわからない」「話し相手が欲しい」「自分に
イライラしている」「不安や不満を誰も本気で聞いてくれない」「とにかく寂しい」「喪失感を感じる」などといった声が多かったようです。
つまり、日本の高齢者が自分を不幸だと感じる大きな要因は、『深刻な孤独感』、そして『満たされない承認欲求』だと言えるのではないでしょうか。
そしてこの『孤独感』と『承認欲求』こそが、「怒り」の根底にあるものではないでしょうか。
日本のシニア世代の男性・高齢者が特に「孤独」を感じるということは、日本が都市化していく反面、地方はますます過疎化し、家は核家族化し、社会はどんどん高齢化・少子化になることによって、ますます住みにくさの度合いが加速しているということを顕著に表すものだといえるでしょう。
また、人としての生きがいの重要な柱である「人に認められたい」という承認欲求も、現実として満たされる機会がほとんど無くなってしまっているということの証なのではないでしょうか。
承認欲求は人間の根源的な欲求の一つであるはずなのに、家や会社で認められ、
感謝され、必要とされていた自分がいつのまにか家庭でも社会でも邪魔な存在に
なっていると感じたとき、人は生きがいを失い、耐え難い「孤独感」が押し寄せてくるのではないでしょうか。
そしてその「孤独感」と「満たされぬ承認欲求」が、日本のキレる高齢者の
「怒り」のマグマの源泉となっているのではないかと、私は思うのです。
キレる高齢者を減らすにはどうしたらいいのか
すぐキレる高齢者が増えているといいますが、それは日本がすでに超・高齢社会に突入しており、単に社会全体に高齢者が増えたからそう見えるという側面はあるでしょう。 また、単純に年を取れば気が短く怒りっぽくなるからということで片付けられるものでもないでしょう。
そういう意味で高齢者を阻害したり、単に批判ばかりしたところで何も問題は解決しないと思います。 今は若くても、誰もがいつかは同じような「頑固で怒りっぽい高齢者」になるかもしれないのです。
高齢者の孤独感を癒し、承認欲求という渇望を満たしてあげるためには、何よりも彼ら高齢者・シニア世代との新たなコミュニケーションづくりのアイデアが必要となると思います。
現代において社会問題となるほど、「キレる暴走老人」「怒れる高齢者」の問題がクローズアップされるのは、若い世代と高齢者世代の世代間のコミュニケーションが質量ともに絶対的に不足しているからだと思うのです。
当たり前のようですが、普通に声を掛け合う、挨拶をする、感謝をする、そして褒める。
そんな何気ない言葉がけや会話から、お互いを幸せにするきっかけが生まれてくるはずだと思います。
※ここから加筆修正部分 (2019.8.1)
日本はいつの間にか「不機嫌」で「不寛容」な社会になってしまったといわれて久しいようです。
世の中は「不機嫌」な、そして「不寛容」な人間で溢れかえっています。
とりわけその不機嫌さが取りざたされているのが街の中の高齢男性たちです。
今あなたがお読みの、このブログ記事のタイトルにもなっている、いわゆる「暴走老人」が数多く登場し、その問題ある言動が世の中を騒然とさせ、SNS 上で炎上騒ぎまで起こすことが多くなりました。
例えば、最近までテレビの情報番組やネットの世界で話題になっていた人物がいました。
新しく登場してきたその人は「暴走老人」ならぬ、いわゆる「正論おじさん」と呼ばれる方です。
この「正論おじさん」、実際は “89歳のおじいさん” なのですが、この方、三重県松阪市の駅前商店街に毎日のように現れては、歩道に1センチでもはみ出した看板や幟 (のぼり) の土台、自転車などがあれば、『道路交通法に違反している』と言い放ち、それらを無断で店の中に押し込め、お店の人にケンカ口調で猛烈なクレームを入れ、時には看板や幟を倒したり、壊したり、切ったりすることもあったという、とんでもない方で、いわゆる「モンスター・クレーマー」だったのです。
この「正論おじさん」のあまりにも度が過ぎた熱心すぎる行動により、遠目からは店が開いているようには見えず、あたり一帯はまるでシャッター商店街のようになり、売り上げは激減し、とうとう休業に追い込まれてしまった店もあったようです。
かつて法務省に勤めていたことがあると名乗ったこの高齢男性は、マスコミなどの取材に対して、『お年寄りが怪我をしたら危ない』、『法律に基づいてやっていることだ』などと話していました。
どうやら自分自身を「法の番人」「正義の執行人」であると信じ込んで、こうした行為にを及んでいたらしいのです。
私にはただ勘違いをした人のようにしか感じられないのですが、このような人のことを「モラルポリス」と呼ぶのだそうです。
この「正論おじさん」の言っていることそのものは間違っているわけではありません。 その名の通り“正論”なのですが、正論を押し通すためには、それなりの正しい言動が必要となるわけです。
しかし、一分の隙もなく、お店側の言い分さえ許さず、鉄壁のモラルを振りかざして威嚇や破壊行為にまでエスカレートするやり方は明らかに度を越した行動だと言えます。
破壊行為にまで及んでいるのですから、もはやこれは犯罪行為ではありませんか。
こうした「モラルポリス」は、ちょっとしたマナーの乱れも許すことができない「マナーポリス」と呼ばれている人種と同様に、最近どんどん増えてきているようです。
正義感を持つことも大事ですが、このような「暴走し過ぎる正義感」が社会の余裕や遊びを奪い、ますます世間を息苦しいものにしているということに気が付かないのでしょうか?
他にもいますよ異論・暴論おじさん
不機嫌なおじさんは「正論おじさん」だけではありません。
例えば、人が何かを言うと必ず文句をつけてくる「異論おじさん」と呼ばれるタイプの人がいます。 特に代替案など何もないのに、とにかく何かにつけてダメ出しをしてくる人たちのことです。
こんなタイプの人は私たちの周りにも結構いるのではないでしょうか。
もう一つが「暴論おじさん」です。 例えば最近あった実例だと、自宅の近くで送迎バスを待つ幼稚園児たちの声に過剰に反応して、『うるさい』と腹を立て、幼稚園児の自宅の郵便受けに『子供たちを静かにさせろ』などと書いた脅迫文を入れた71歳の男がいました。
またまた高齢者です。
正論、異論、暴論….。 こうした言動を繰り返す高齢のおじさん達の共通点は何でしょうか?
おそらくこのような退職後の高齢男性の多くは「自己承認欲求」という得体の知れない心理モンスターと格闘しているのかもしれません。
「誰からも相手にされない」「誰からも認められない」「生きてきたことの達成感がない」「まるで自分がそこに存在していないかのような虚しさを覚える」….。
そんな行き場のない「自己承認欲求」を持て余し、苦しんでいる高齢男性は少なくないのかもしれません。
不甲斐ない自分に腹を立て、機械に腹を立て、教える人に腹を立て、しまいには世間や周りの人にも腹を立てる、そうやって定年によって引退した人間の多くは孤立していくのです。
先ほどの「正論おじさん」は『年寄りは日本を背負ってきた人間だからもっと高齢者を尊敬しなければならないのだ』と主張します。
つまり、言外に『私を敬え、私の話を聞け』と言っているわけです。
それはよく分かります。 でも、まず少し謙虚になって「自分の方から折れる」ということも大切なことなのではないでしょうか。
シニア世代になるとどうしても「寛容力」が低下してきます。
ずっと同じ価値観で成功してきた人ほど、これから老後に向けて、感情のコントロールの仕方を工夫していこうと自覚する必要があるのではないでしょうか。
※参考のために 高齢者の個性の分類 5つのタイプ
①円熟型 理想的なタイプ
自らの老いを自覚しながらも、活動意欲を低下させることがないタイプ
②依存型 良いおじいさんタイプ
受身的・消極的に老いを受け入れる隠居的なタイプ
③装甲型 積極的なタイプ
老いへの不安と恐怖からトレーニングなどを積極的に行う、防衛的なタイプ
④内罰型 不満的なタイプ
過去の人生全体をほぼ失敗とみなし、愚痴と後悔を繰り返すタイプ
⑤外罰型 攻撃的なタイプ
過去の人生を大失敗とみなし、その原因を環境や他人のせいにし、周囲とトラブルを起こすタイプ ( →正論おじさんはこのタイプ )
最後に
今、日本で社会問題のひとつになっているのが、怒りっぽい高齢者や、すぐにキレる粗暴な高齢者 (暴走老人) が増えていることです。 そしてその根底にはシニア世代特有の「孤独感」や「承認欲求」があることが分かってきました。
もちろんその原因はそれだけではないかもしれませんが、重要な要因であることは間違いないと考えます。
あなたは彼らの「孤独感」を分かってあげられますか?
そして彼らと良いコミュニケーションを取ることが、「怒れる高齢者」問題を解決する最良の方法の一つであることを理解していただきたいのです。
※参考文献 「エコノミスト」誌 「週刊東洋経済」誌
何故すぐキレる「暴走老人」が増殖するのか?その理由が分かった!!
彼らの心の中にある”孤独”を分かってあげられるか? 終わり