成年後見制度の問題点 高齢者の財産管理に有効な信託制度 その1
「後見制度支援信託」について
[2019年4月 追記補正最新版]
はじめに
高齢者の医療や介護の問題は、その高齢者の資産を管理する上でも大きな影響を
及ぼします。 医療や介護にどのくらいのお金がかかるのか当初は全く分からないということがよくあるからです。
そんな時には当事者である高齢者やその家族が、事前に高齢者の資産の管理の手法と資産の継承や処分について、よく話し合って対策を検討しておくことが大事であることは言うまでもないことです。
そこで現在では、「信託」という制度を使った高齢者の財産管理が注目されています。
何故注目されているかというと、悪質商法の標的になったり、財産を不正使用されたりする高齢者が後を絶たないためです。
そんなとき「信託」制度を使えば、本人のために財産を保全しつつ、相続対策にも利用することができるのです。
今回のブログでは、この比較的目新しい「信託」という制度の仕組みをご説明し、資産管理及び相続に向けた新しい手法としていかに有効かということをご紹介させていただきます。
目次
「信託」制度って、ご存知でしょうか?
日本の家計の金融資産1800兆円のうち、60歳以上のシニア世代の方が保有する割合は6割を超えると言われていますが、身体が不自由になったり認知症などの発症により高齢者の判断能力が低下して、資産の適切な利用・管理が困難になる場合もあります。
そのために自分の財産管理ができない高齢者が少なくありません。
財産管理に悩む高齢者が毎年のように増えてきているのです。
信託制度が生まれた理由
高齢者の財産管理 その時によく利用されるのが成年後見制度です。
成年後見制度は正しい手続きのもとで活用すれば、利用者の家族にとっては大変に有用な制度となるのですが、昨今は後見人として選任された親族や弁護士・司法書士等の法律専門職が被後見人の資産を不正に流用する事件が少なくありません。
最高裁判所の調査によると、成年後見人等によって発覚した不正報告件数は2017年で294件に上り、大部分は親族後見人による不正ですが、11件は法律専門職後見人によるものとなっています。
これが私が以前このブログでも取り上げたことのある法律専門職後見人による不正横領問題です。 ( こちらもぜひお読みになってみて下さい )
このような後見人による不正横領問題や財産管理の負担を軽減する制度として
考え出された仕組みが「信託」という制度です。
信託制度の仕組み
「信託」とは主に財産を持つ高齢者が、自分の財産を信頼できる人や会社 ( 受託者といいます ) に託して管理・運用してもらう仕組みのことです。
財産を預ける人のことを委託者、預かる人のことを受託者、財産から利益を得る人のことを受益者といい、委託者と受託者の間で取り交わす、信託法に基づく契約のことを「信託契約」といいます。
受託者は委託者との契約に従い受益者に利益を与える義務を負います。
ここでいう受益者とは主に財産を持つ高齢者本人つまり委託者と同じです。
「信託」は信託財産の使い途や出金を受託者である信託銀行などがチェックするため、悪質商法に巻き込まれたり財産を不正に使用されたりするリスクを大幅に減らすことができるのです。
認知症への備えのために「信託」を利用せよ
認知症で判断能力が損なわれる前に、財産の使い方を決めておこうと信託を活用
する例もあります。
一例として、 夫と死別して子供もいない高齢の女性が、認知症になったら施設に入りたいと考えて、一番身近な親族である 甥と自宅の信託契約を結んだとします。
女性が認知症になった時点で、甥が自宅を売却し施設入居費に充てるように契約で定めるような事例が、親族との信託契約の代表的なものです。
認知症の人には成年後見制度 (法定後見) も利用できますが、後見人は本人が判断能力を失った後に付くので、本人の意向が十分に反映されないことも起こり得ます。
それに比べて「信託」は死後の財産管理に自分の意思を反映させることにも有効
です。
遺言という制度もありますが、遺言は生前であればいつでも書き換え可能なため
判断能力が衰えてから内容を撤回させられる危険性もあります。
しかし「信託」なら契約行為のため、遺言のような撤回がなされることはないと
されています。
費用軽減と横領防止のために有効な「後見制度支援信託」
その信託制度の中でも、今回取り上げるのは「後見制度支援信託」というもの
です。
「後見制度支援信託」というのは日常生活に必要十分な定期的な出費分の金銭だ
けを預貯金としてこれまでの金融機関の口座に残して後見人が管理し、その他の
資金は信託銀行などに預けて管理運用を行う制度で、2012年からスタートしてい
のものです。
こうすると、後見人が簡単にお金を引き出すことができなくなり、口座の保全に
つながります。 また、この信託制度を使えば司法書士などの法律専門家は成年
後見人 (法定後見人) に選ばれず、報酬が発生しないので費用軽減になります。
ただしこの制度の対象は未成年後見の利用者と成年後見制度のうち「法定後見」の [ 後見 ] に限られており、[保佐] や [補助] 及び「任意後見」では利用できない
ことになっています。
信託銀行が受託者となる場合は安心感は高いのですが、託せる財産は基本的に
現金のみとなります。
また信託銀行の種類によっては1,000万円以上の信託財産が必要になる場合がある
など、信託銀行によって引受額が異なることもあるので注意が必要です。
( 東京家庭裁判所管内では500万円以上の信託財産が必要です )
信託報酬については、信託財産が1,000万円以上なら無料とする金融機関が多い
ようです。
基本的には成年後見制度の利用者の財産に当面具体的な使途理由がない金銭が多いと専門家が判断した場合などに、家庭裁判所から「後見制度支援信託」を使うように求められるようです。
「後見制度支援信託」手続きの流れ
それではここで「後見制度支援信託」の手続きの流れを簡単にご説明します。
1.家庭裁判所へ後見開始または未成年後見人選任の申立てをする
2.家庭裁判所が「後見制度支援信託」の利用を検討すべきと判断する
3.家庭裁判所が弁護士・司法書士等の専門職後見人を選任する
4.選任された専門職後見人が被後見人の財産や生活状況を調査し、本制度を
利用すべきと判断したら家庭裁判所に報告書を提出する
5.専門職後見人が家庭裁判所から発行された指示書を信託銀行等に提出して
信託契約を締結する
6.信託銀行等 ( 受託者 ) が信託財産を管理・運用しつつ、被後見人 ( 受益者 ) にあ あらかじめ定められた毎月の生活費等を給付する
以上が「後見制度支援信託」の一連の流れです。
信託財産の出金は毎月の一定金額や有料老人ホームの入居一時金用の資金などに
限定されています。
高齢者向け信託の場合だと託したお金から少しずつ受け取っていくケースが多く、年金の出ない月に生活費として受け取ることなどによく利用されています。
また、ある程度まとまった金額を出金するときは家庭裁判所の「指示書」がその
都度必要となります。
場合によっては出金に1週間前後かかることもあり、やや機動性に欠けますが、
財産は確実に本人のために使われて不正も防止できるという利点があります。
※注意しておかなければならないこと
信託契約締結後は、一時金交付、定期交付金額の変更、追加信託、解約の際には
それぞれ家庭裁判所の発行する「指示書」が必要となります。
また、これらの信託契約を始めとする一連の手続きは、その複雑さ故にどうしても法律専門職に委ねる必要があり、約20万円ほどの費用が掛かってしまうのが一般的です。
以上、「後見制度支援信託」についてあらましをご紹介しました。
この信託制度の認知度はまだまだ低いと思われますが、家族間で事前にこの制度を知っておくことで円滑な資産継承につながるかもしれません。
よろしければどうぞご利用することを検討してみてください。
自分の葬儀代を賄うための遺言代用信託
信託制度の中には、本人の死亡後にも財産管理サービスを継続できるものもあります。その代表的なものが「遺言代用信託 (ゆいごんだいようしんたく)」と言われるものです。
「遺言代用信託」は信託銀行などの金融機関が契約者 ( 大部分が高齢者 ) から
お金を預かり、契約者の死亡後、あらかじめ決めた方法で受取人 ( ほとんどが
高齢者の親族・相続人 ) に払い出す仕組みです。
自分の死後すぐに預けたお金を受取人に渡すような契約をするので、そのお金を
自分の葬儀代などに充てることができます。
このように、「遺言代用信託」とは本人の死亡後、配偶者や子供などの相続人が
信託財産から毎月一定額を受け取れるようにしたり、必要な葬儀費用を引き出し
たりすることのできる信託で、遺産分割効果があるので相続対策にも有効です。
遺言代用信託では取り扱う資産は現預金のみですが、契約者側は手数料がかから
ないため利用者が急増しており、大手信託銀行を中心に商品の拡充が進んでいます。 ただし100万円以上といった、まとまった金額を預けるのがこの遺言代用
信託の前提となります。
信託制度には他に「民事信託」もあります
今回ご紹介したのは主に信託銀行を財産管理の受託者とする「後見制度支援信託」についてでしたが、信託制度にはこの他にも親族を受託者とする「民事信託 」と
呼ばれるものもありますので、この民事信託のことにつきましては次回のブログの記事の中で述べたいと思います。
※民事信託について書かれた記事はこちらです。合わせてお読みになって下さい。
まとめ 高齢者の財産管理で気をつけておくべきこと
最後に高齢者の財産管理で最も大事なことをまとめておきたいと思います。
◎ 財産が本人のために確実に使われるようにすること
◎ 家族 ( 親族 ) が不正に流用しないようにすること
◎ 悪質・詐欺商法に騙されて財産を詐取されないようにすること
◎ 相続・贈与など財産を承継することも考えるようにすること
(※参考文献 「Journal of Financial Planning No. August 2017」 より記事の一部を参考にさせていただきました)
高齢者財産管理の新手法「信託制度」その1 「後見制度支援信託」について 終わり
最後までお読みいただきまして有難うございました。
ファイナンシャルプランナー FPユウ