「認知症」が超・高齢社会における資産管理に与える影響と、「改正民法」の役割

[2020年3月 加筆修正 最新版]

はじめに 

  加齢による疾患や認知能力の低下は高齢者の社会生活と自分の資産の管理に
どのような影響を及ぼすのでしょうか?

  今日は超高齢社会において避けて通ることのできない認知症高齢者の意思決定能力
資産管理問題について、ファイナンシャルプランナー (FP) である筆者が考えて
みたいと思います。

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目次

高齢者の意思決定能力に応じた適切な資産管理の方法を見つけましょう

  内閣府の「平成28年版高齢社会白書」によれば、65歳以上の高齢者の半数近くが、自身の健康状態については「毎日、生活の中で何らかの病気やけが等の自覚症状がある」と訴えており、うち半数程度つまり高齢者の約4人に1人は病気やけが等で日常生活に何らかの影響が出ているという状況なのです。

今更ですが、認知症の事をより詳しく知っておきましょう

日常生活への影響といえば気になるのは認知症です。

  認知症は脳の細胞が何らかの原因で死んでしまったり働きが悪くなったりすることで、「記憶力」
「判断力」「実行力」「計画力」などに障害が起こった状態を言います。

認知症になると記憶が抜け落ちたり、日時や場所が分からなくなったり、家事の段取りが立てられなくなったりします。

 さらに周囲の人との関係や本人の性格によっては「妄想」や「徘徊」といった「行動・心理症状」が現れる場合もあります。
いったん獲得した知的機能が低下を続け、複数の認知機能障害のために社会生活を送るのが難しくなってきます。

認知症患者の推定数と種類

  厚生労働省の統計によれば認知症患者は2012年の時点で推定約460万人で、65歳以上の高齢者のおよそ7人に1人でしたが、2016年現在では約520万人と急激に増え続けており、今後もさらに増え続けて2025年には推定で約700万人と、高齢者の5人に1人になることが見込まれています。

 これだけ認知症患者の数が増えていくと、たとえ今は認知症ではなくともこれから記憶力と判断能力が低下して認知症に進む可能性が高い高齢者が数多くいるものと推定されます。

  認知症を要因別に分類すると、最も知名度が高いのが、脳の神経細胞が死滅し脳が萎縮する、ご存知「アルツハイマー型」です。
次に、脳卒中などで脳の血管が破れたり詰まったりする「脳血管性」、その他「レビー小体型」などがあります。

「アルツハイマー型認知症」はある日突然に発症するのではなく、軽度の認知機能の低下 [ 軽度認知障害 MCI ] を経て時間をかけて進展するものです。

 遺伝的な要素はありますが、軽度の認知障害の状況を見過ごさずに認知機能の低下予防に努めることで認知症の進展を抑えることも可能なのです。

認知症の危険因子保護因子とは何か?

  認知症には認知症になる危険因子というのがあります。
生まれたばかりの時には「遺伝子的因子」、社会人になった頃からは「社会・経済因子」そして40歳頃から危険度が増す「生活習慣因子」というものがあります。
これには高血圧、脂質異常、糖尿病などが該当します。 

  また60歳頃から80歳頃にかけて危険度が増す「老年症候群等の因子」というものもあります。これにはうつ傾向、転倒による頭部外傷、不活動、対人交流の減少などが該当します。

  認知機能の低下予防のためには、できるだけこれらの危険因子を取り除き、逆に
認知機能を維持する「保護因子」を加える生活スタイルを心がけることが認知症の予防には極めて効果的であると言えるでしょう。

「保護因子」とは例えば、高等教育を受けること、服薬を管理し抗酸化作用の高い食物を摂取すること、適度な運動や適度な飲酒を心がけること、活動的なライフスタイルを継続すること、社会参画や対人交流の場を増やしていくなどのことです。

  ただし認知症ではないとしても加齢とともに認知機能が低下していくのは否めないことです。
 ですから認知機能の低下が加齢によるものなのか、それとも認知症によるものなのか、私たちは極めて冷静に見極め、なおかつ客観的に判断することが大事で、それは高齢者や認知機能の低下が認められる方たちを見守る私たちにとって大きな課題となっているのではないかと思います。
 人間は常に意思決定を繰り返しながら生活を営んでいるため、誤った意思決定や判断の遅れが大きな事故につながることもあるからです。

資産管理に関する意思決定能力を見極めるようにする

   資産管理に関する意思決定能力高齢者の生活を守る上で非常に重要なことです。 現実には日本の個人金融資産の過半数の部分は預貯金やタンス預金などといったかたちで高齢者世代が所有しています。
 そうなると多額のお金の管理や運用を伴う場面で問題となる事案が必ず出てきます。 

例えばインターネットの発達により、昔にはなかったようなネット詐欺が増え、
悪意を持って高齢者の財産を詐取しようとする者たちに騙される高齢者は後を絶ちません。

 認知機能の低下した高齢者に必要もない高額な商品を買わせたり、必要のない住宅のリフォームを発注させたりといった詐欺的な取引も目立ちます。

  なぜ高齢者が善悪の判断がつかずに様々な詐欺に引っかかってしまうのかというと、それは高齢の人間というのは高齢になればなるほど、他人を善人と判断する
傾向がある
ということを詐欺師達は見越しているからです。

 逆に、高齢者の側からすると、世の中に「こんな年寄りにそんな悪いことをする人間はいないだろう」という「性善説」に立った考え方を常日頃からしている方たちが多いということの表れだと思います。

  ですから認知症高齢者の意思決定能力を見極める際 、今現在の認知機能がどの段階にあるのかを知っておくことが極めて重要になってきます。

  認知機能には健常な状態から重度の認知症までいくつかの段階があります。 
健常な方であれば本人の意思だけで済みますし、逆に重度の認知症の方であれば、本人の意思を類推して法的に代行する成年後見人のような役割の方が必要となることは明らかです。


問題なのはその中間にあたる軽度の認知障害から中程度の認知症といったグレー
ゾーンにいる方たちです。

この段階にいる方たちの意思決定能力を考えてみると、例えば日常の買い物といった生活レベルの行動であれば問題はありませんが、不動産や金融商品の購入といった多額の出費を伴うものであれば、このレベルの意思決定には家族や身の回りの人たちの適切な助言と判断がどうしても必要となってきます。

高齢者に金融商品を売る金融機関にモラルはあるのか?

  また金融機関の側にも、事前にトラブルを防止するという観点から、高齢者の顧客に対する配慮が求められています。

  銀行や証券会社では高齢者の顧客に対する対応マニュアル」というものが必ずあり、担当者がそのマニュアルにのっとってお客様に対応するわけですが、現実にはマニュアル通りに対応できないことも多く、高齢者の判断能力を見極めるのは非常に難しいといったことも現実にあるようです。

  例えば過去には、担当者がある高齢者の顧客と直に接してみて、このお客様は意思決定能力に問題がないと判断してある金融商品を販売したところ、後になって当時はかなり認知能力が低下していた方であるということがわかり、この高齢の顧客の死後、遺産相続の問題が発生したときに、金融機関側にも責任があるのではないかと訴訟問題に発展した例もあるのです。

(この裁判についてはこの後次の章で述べたいと思います)

 ですからこのようなことがないように将来的には財産管理の意思決定能力を段階的に強化するモデルを開発し、人工知能 AI による機械学習を通じて接客場面での様子から認知機能を判断したりするような構想もあるようです。

  高齢者だからといっていたずらに資産運用をやめさせるのではなく、リスクをしっかり理解してもらったうえで、適切な運用してもらうことが日本の将来にも有益だと考えられます。 
 たとえ運用経験が豊富な高齢者であっても、状況判断能力に疑問が残る以上、投資リスクの確認がおろそかにならないような体制を作り上げることが望ましいと言えるでしょう。

 だからこそ金融商品の取引には高齢者本人だけで判断して行うのではなく、知識のある家族やあるいは金融の専門家例えばファイナンシャルプランナーのような客観的なアドバイスができる人の支援が欠かせないと言えるでしょう。

「民法改正法」により認知症高齢者を保護する規定が新設されました

改正された民法の内容  超・高齢社会を見据えて

  資産管理能力に問題のある認知症高齢者などを守るために新たな規定が制定されました。 それは改正された民法です。

 2016年4月に成立した「民法改正法」は正式名称を「成年後見の事務の円滑化を
図るための民法及び家事事件手続法の一部を改正する法律」
といい、いよいよ2020年 (令和2年) 4月1日より実際に施行されることになっています。


A.「民法改正法」契約などをめぐるトラブルに巻き込まれやすい人を保護すことに重点を置いたものです。
社会のルールとして定着しながら明文化されていなかった規定が新たに盛り込まれ、当事者などからは歓迎の声が上がっています。


B.「民法改正法」成年後見人の権利拡大に関する具体的な内容となっています。後見人の業務は被後見人 (後見人から後見を受ける知的障害者や認知症高齢者などのこと) の死亡によって消滅します実際には被後見人の火葬・埋葬に関する手続きやそれに伴う費用の支払いなども後見人が行っているという現状を踏まえて、相続人が財産を管理できるまで後見人は次の1.~4.の行為を行うことができるとしています。

1.相続財産に属する特定の財産の保存に関する必要な行為

2.相続財産に関する債務 (弁済期が到来しているものに限る) の弁済

3.死体の火葬・埋葬に関する契約の締結 (家庭裁判所の許可が必要)

4.被後見人の死亡後の事務処理を行う業務

 例えば被後見人宛に郵送された請求書などが開封できずに支払いが滞る例のあることから、被後見人宛の郵便物を後見人に転送したり後見人が開封して見たりできるようにすることなどです。 

「改正民法」は高齢化社会を見据えた重要ルールの明文化です

 重い認知症を患っている高齢者など、正常な判断能力がない人が結んだ契約を無効とする規定が新たに明文化されました。

これは、認知症高齢者等が言われるままに高額商品を購入させられる契約を結ばされたという事例が後を絶たないためです。

  例えば東京地裁が2016年6月、証券会社に約3,038万円の損害賠償を命じ、判決が確定した裁判があります。これはどのような内容かと言うと、一人暮らしをしていた80代の認知症女性が証券会社から株価や為替変動を組み合わせた「仕組み債」と呼ばれる金融商品の購入を勧められ購入した結果、約4,000万円もの損失を出してしまったというものです。

 裁判ではこのように、商品の説明をしても十分に理解することのできない認知症高齢者への金融商品の販売契約は無効であるという判決を言い渡しました。


このように判例では既に無効とされていた事例もあるように、法務省
「社会の高齢化が進んだ中で重要なルールとなるため条文化する必要があった」と説明しています。

 また、法務省は「民法で明文化されることによって泣き寝入りをしていた人たちが裁判で無効を訴えるケースが増え、広く被害者を救済できるようになるはず」と今回の改正民法の意義を強調しています。

終わり。長文にも関わらず最後までお読みいただき、ありがとうございました。

(※引用 「Journal of Financial Planning No. August 2017」 より記事の一部を参考にさせていただきました) 

「認知症」が超・高齢社会における資産管理に与える影響と、改正された「民法」の役割
終わり   

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